歯科今昔8

歯科今昔8

こんにちは。


お久し振りです。歯科医師の三浦です。

歯を抜いた経験がありますか。虫歯が大きかったりあるいは歯周病の進行があったりして歯を抜いたあと、そこには空間が出来ます。治療方針としては入れ歯にする、ブリッジを入れる、あるいはインプラントにするなど様々あるかと思います。

古代エジプトの時代(約5000年前)の遺跡からは、歯を黄金の糸でつないだものが発見されています。これは抜けてしまった自分の歯を隣の歯と結んだもので、見た目は悪くとも、昔から人々は抜けてしまった空間をどうにか埋めようとしていた形跡があります。

入れ歯をお使いの方がいらっしゃるかも知れません。日本でも欧米でも最初は木が使われていました。一つの木から、一人々々の口の形に合うよう削り出していたのです。当然、とても高価なものになりますので、入れ歯をしている人は裕福な人に限られました。

日本に残る最古の入れ歯は16世紀のもので、形は今のものとほとんど変わりません。現在では材料が木から樹脂に変わり、よりくっつくよう改善がされています。

くっつく入れ歯が作られるようになるまで、人類は長く格闘してきました。17世紀イギリス初の歯学書には入れ歯の作り方が誇らしげに書かれています。18世紀に入ると、入れ歯はより身近なものとなり、街中の広告でも入れ歯の宣伝が見られるようになりました。

当時は入れ歯の材料として天然材料を用いました。例えば牛、象、セイウチといった動物の骨です。これらは劣化が激しく、1年も使えば真っ黒になってしまう上、精度もよくなかったそうです。

アメリカ初代大統領ワシントンは入れ歯に悩まされた人物として有名です。その肖像画を見たことがあるかも知れません。ぐっとくちびるを閉め、いかにも威厳にあふれた姿ですが、あれは入れ歯のバネが強く、ぐっとかみ締めていないと入れ歯がスポンと口から飛び出してしまうからでした。

親友の記録によるとワシントンの歯の悪さは有名で、22歳で歯が抜け始め、それからは毎年のように抜歯で出費をしていました。28歳になる頃には「たいてい口を閉じていた」と言われるほど抜け落ちており、40歳頃からは入れ歯を入れるようになります。しかしこれでワシントンと歯との戦争が終わったわけではありませんでした。

アメリカ独立戦争中(1775年勃発)にもワシントンは歯の痛みに悩まされ、戦争中にもかかわらず国中から広く高名な歯医者を徴用しました。それでも彼は常に歯の痛みに悩まされ、根拠地にいる部下へたびたび歯科用器具の調達を命じています。

戦争後、最後の十年間の日記には歯の痛みに関する記述が頻出します。そして入れ歯の不調に対す苦言も。それでも彼は好んで入れ歯を使い続けたそうです。1790年にイギリス人記者はワシントンの口について驚きとともに記載しています。「彼の口はいまだかつて見たことのないものだ。上下のくちびるは固く閉じられ、下あごは上あごを逃さぬようぐっとかみ締められ、筋肉は常にこわばっている」。

ワシントンがもし現代に生きるアメリカ人ならば、当時と比べて治療方針の多岐にわたることを驚愕したことでしょう。また、その多くの中から入れ歯を再び選んだとして、バネを使わず、口から飛び出ず、動物の歯を使わず、そして精度の高いことに。

▲現代の模型。樹脂製。ワシントン時代とは隔世の感がある。

たなか歯科クリニック 三浦

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